木本圭子|velvet order 柔らかい秩序 2025に寄せて (執筆:四方幸子 / 批評家・キュレーター)

本展は、2018年より広島に戻り制作を続ける木本圭子の、故郷における初の個展である。東京時代の厳選した近作に加えて新作を初披露することで、木本のデジタルからアナログへと展開してきた道のりと現在を、コンパクトながら雄弁に語るものとなる。
数年前、広島に戻る直前の彼女を訪ねた時、とりわけ印象に残ったものが二つある。一つは木本が小学生の時に描いた雪山の絵、もう一つはプログラムをプリントした膨大なファイルである。前者からは、コンピュータの演算による作品の、生成された曲線や螺旋の背後にある不可視の空間的充溢と同様のものの存在を感じ、時を隔てた木本の一貫性に驚かされた。少女の木本が描いた絵が、背後にイマジナリーなプログラミングを内蔵するように見えること。コンピュータで非線形力学系の一つの数式の演算をすることで生み出される形態たち。描かれたその形態や輪郭が重要なのではなく、それらが生み出されるルールやプロセスつまり環境因が、アナログ、デジタルともに重要であるのだと。後者はプログラミングコードを紙上に保存したもので、将来ハードやデータフォーマットが変わっても作品が再現可能になるという。いわば作品の「種」といえ、今後も新たな作品が生成可能である。*
木本は2010年代以降、生成した映像を和紙やクリスタルガラスなど、アナログ素材に出力し始めていたが、この頃から広島に戻る流れが出てきていたように思う。和紙の作品では、出力画像を岩絵具で繊細になぞる行為が加わったが、本来木本が重視する触感や物質性へと、ほぼ四半世紀のデジタルの時代を経てついに回帰したといえるだろう。本展での新作は、デジタル図像を墨と岩絵具によって絹に写し描いたものとなる。素材は日本画でアナログだが、木本の身体を稼働させるものは非線形プログラムのダイナミズムなのだ。
描くことが好きな木本がデジタルに独学で分け入ったのは、1986年のアップルMacintoshとの出会いによる。そこには自らの表現を消したいという意図があった。現在木本は日本画や墨絵に向き合っている。しかしそれは自己表現としてなのだろうか。そして思う。これらの作品は、実はデジタルのプロセスを身体化した彼女を媒介に、環境によって生み出されているのではないかと。その上で、(デジタルでそうであったように)最終的には彼女の美意識に委ねられて作品となる。
海の近くに住み、自然(非線形)の世界に触れる生活において、木本が取り組み始めたのが墨絵である。*** 墨絵は、彼女がデジタルで扱ってきた世界と同じく非線形に根ざしながら、一瞬の心身の機微が不可逆的なにじみを生じさせる、写すよりも格段に不確定的かつ動的な手法である。
「弓道で的を見ず、空気の流れを見るように、描いているとき、形ではなく墨の濃淡とにじみだけを見ていると、空気が立ち上がってくる」**
木本は、環境の只中で立ち上がるものを感知し、ただ身を委ねる、すると矢が的に吸い込まれていく…。柔らかい秩序は、そのようなプロセスとともにある。
*実際、2000年初頭の《Imaginary・Numbers》は、(現時点では紙上のコードからではないが)その後も新たな作品として生成され発表されている。
**2021年9月10日、オンラインでの対話にて。
***今後披露される機会を待ちたい。
木本圭子 velvet order 柔らかい秩序 2025
会期|2025年4月1日(火)〜12(土)
日・月・祝休廊 ※イベント開催日のみ開廊
会場|THE POOL
〒730-0053 広島県広島市中区東千田町2丁目13-18
協力|木原 民雄(デジタルハリウッド大学 教授)
【トークイベント】GEIJYUTSU TOKKO -芸術特講- vo.2 「柔らかい秩序」について
開催日時|2025年4月6日(日)17:30〜19:30
会場|広島大学東千田キャンパス 地域連携フロアSENDA LAB
〒730-0053 広島県広島市中区東千田町1丁目1−89 総合校舎L 棟5階
※当日はギャラリー休廊日につき、下記時間のみ展示をご覧いただけます。
14時〜17時、トーク後 20時〜21時まで
【登壇者】
木本圭子(アーティスト)
四方幸子(キュレーター、批評家/美術評論家連盟会長)
香村ひとみ(キュレーター、THE POOL主宰)企画 / モデレーター